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サッカー日本代表
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football-uniform.seesaa.net
歴代のユニフォームの中でも異彩を放つモデル。日の丸に由来する赤をベースカラーににし、胸の日の丸も姿を消し、日本協会のヤタガラスのエンブレムが施された。写真は北澤豪選手。
歴代のユニフォームの中でも異彩を放つモデル
1988年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
初の外国人監督オフトの就任と共にユニフォームも青に戻された。当初はadidasの既成品が使われた。わずか3ヶ月の着用だったがダイナスティカップで韓国を破って優勝を果たすなど後の日本代表の躍進を予感させるモデルとなった。写真はラモス瑠偉選手。
初の外国人監督オフトの就任と共にユニフォームも青に戻された
1992年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
世界まであと一歩及ばなかったアメリカW杯予選「ドーハの悲劇」があまりにも有名なモデル。写真は柱谷哲二選手。
世界まであと一歩及ばなかったアメリカW杯予選「ドーハの悲劇」があまりにも有名なモデル
1993年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
袖に不動明王をイメージした炎のモチーフが描かれたモデル。「ジョホールバルの歓喜」で本大会初出場を決めた。写真は前園真聖選手。
袖に不動明王をイメージした炎のモチーフが描かれたモデル
1997年
サッカー日本代表
wall.kabegami.com
記念すべきワールドカップ初出場モデル。袖の炎が少し小さくなったマイナーチェンジモデル。写真は中山雅史選手。
記念すべきワールドカップ初出場モデル
1998年
サッカー日本代表
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トルシエ監督の下、ユース年代も一貫した強化が図られ、99年ワールドユース準優勝、2000年にはシドニー五輪ベスト16、アジアカップを圧倒的な力で優勝と結果を残した。写真は高原直泰選手。
トルシエ監督の下、ユース年代も一貫した強化が図られ、99年ワールドユース準優勝、2000年にはシドニー五輪ベスト16、アジアカップを圧倒的な力で優勝と結果を残した
2000年
サッカー日本代表
cyclestyle.net
翌年に控えた日韓W杯に向け強化マッチをこなしたモデル。テーマは「Future Progress」肩から袖にかけての白の割合を多くして選手がプレー中に大胆に見えるように工夫が施された。写真は柳沢敦選手。
翌年に控えた日韓W杯に向け強化マッチをこなしたモデル
2001年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
自国開催の日韓W杯で着用されたモデル。シンプルなデザインで日本の美を表現しており、日本の海を示す青に、首から袖口にかけての赤いパイピングは湖面に映る逆さ富士をイメージしている。写真は稲本潤二選手。
自国開催の日韓W杯で着用されたモデル
2002年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
ジーコ監督の下ドイツW杯を目指したモデル。従来より明るい青をベースにこれまでより深い青のシャドーを3本ラインで配置してある。写真は大黒将志選手。
ジーコ監督の下ドイツW杯を目指したモデル
2005年
サッカー日本代表
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ドイツW杯着用モデル。大会前にキャッチフレーズに決まった「SAMURAI BLUE」にちなみ、脇腹に日本と伝統と技術の象徴「日本刀」をイメージした刃文がデザインされた。
ドイツW杯着用モデル
2006年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
オシム監督の突然の病気リタイアにより急遽再登板となった岡田監督。そのスタートと同じタイミングでリリースされたモデルのコンセプトは「日本魂」。
オシム監督の突然の病気リタイアにより急遽再登板となった岡田監督
2008年
サッカー日本代表
football-uniform.seesaa.net
「世界を驚かす」「革命を起こせ!」という目標を掲げ、岡田監督の下で南アフリカW杯ベスト16、ザッケローニ監督の下でアジアカップ優勝を含む16連勝、またなでしこジャパンはドイツ女子W杯初優勝を成し遂げた史上最強のモデル。写真は長友佑都選手。
「世界を驚かす」「革命を起こせ!」という目標を掲げ、岡田監督の下で南アフリカW杯ベスト16、ザッケローニ監督の下でアジアカップ優勝を含む16連勝、またなでしこジャパンはドイツ女子W杯初優勝を成し遂げた史上最強のモデル
2011年
サッカー日本代表
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選手とサポーター、日本人すべての「結束」を表現する「結束の一本線」と「ジャパンDブルー」と名づけられた濃青を採用した、今までのイメージを根底から覆すデザインのモデル。写真は香川真二選手。
選手とサポーター、日本人すべての「結束」を表現する「結束の一本線」と「ジャパンDブルー」と名づけられた濃青を採用した、今までのイメージを根底から覆すデザインのモデル
2012年
サッカー日本代表
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前モデルより鮮やかな青みが強調され、コンセプトは「円陣」。背面に毛筆で描かれた一本線は、選手がピッチ上で「円陣」を組んだ際にひとつの大きな輪となるようにデザインされている。写真は長谷部誠選手。
前モデルより鮮やかな青みが強調され、コンセプトは「円陣」
2013年
サッカー日本代表
shop.adidas.jp
史上、最も濃い"青"を用いたボディーの前面に、11人の選手の個性を表す、11本の異なる青で構成されたボーダーを配している。また、中央の赤のラインは12本目のライン、すなわち12人目のプレーヤーであるサポーターを表している。写真は香川真二選手。
史上、最も濃い"青"を用いたボディーの前面に、11人の選手の個性を表す、11本の異なる青で構成されたボーダーを配している
2016年
サッカー日本代表
obamah.seesaa.net
カタール・ドーハで行われた1994年アメリカワールドカップ・アジア地区最終予選、日本対イラク戦。日本はロスタイムに同点ゴールを許しW杯の出場を逃した。後にドーハの悲劇と呼ばれた。1993年20月28日
カタール・ドーハで行われた1994年アメリカワールドカップ・アジア地区最終予選、日本対イラク戦
1993年
サッカー日本代表
ドーハの悲劇
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ニューデリー・アジア大会着用モデル。1983/3/6 第11回日韓定期戦の松浦敏夫選手。
ニューデリー・アジア大会着用モデル
1983年
サッカー日本代表
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メキシコW杯予選序盤で着用されたモデル。写真は水沼貴史選手。短期間の着用ながら、袖に大胆に施されたボーダーと、「キャプテン翼」でワールドユースでの大空翼らの着用で人気の高いモデル。
メキシコW杯予選序盤で着用されたモデル
1984年
サッカー日本代表
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メキシコW杯予選中盤で着用されたモデル。写真は加藤久選手。
メキシコW杯予選中盤で着用されたモデル
1985年
サッカー日本代表